【東大大家の素人投資日記】床のブカブカの修繕

[東大卒、ゆえあって大家業を営む筆者が、友人のオールイヤーズ運営事務局に原稿執筆を懇願され、証券投資を始めることに。ド素人の観点から証券投資について語る(たまに大家業についても)。毎週1回更新予定。]

床のブカブカ

 保有物件の玄関の床がブカブカしている。小さな分譲マンションの一室だが、築三十年を越える。建物の外目は清潔だし、近隣住民にトラブルを起こす人もいない。管理人さんも、しっかりした方で良識的だ。ある意味、物件のスペックだけでは測れないところでかなり恵まれているので、玄関や寝室の床が少々浮き沈みしようが、あまり気にもしなかったのだけれど、次第に修繕を考え始めた。

 さて、僕はいったいこの修繕をどこの誰に相談すればいいのだろう。これは知っている人にとっては何のことはない問題かもしれないが、床の修繕というものは、僕にとっては初めて出くわす種類の案件だ。

 最初にマンション管理会社に訊ねた。系列に修繕部門があろうと思ったからだ。実際、すぐにスーツを着た若者が見積りを作りに家まで来てくれた。ところが押し黙ったきり何も言わずに帰ってしまった。後から電話をかけてきて「修繕はお断りします」とやたらキッパリ言う。理由も言わない。管理会社の管轄だから頼んでいるのを、やたらキッパリ断るのは失礼ではないかと思ったし、少し腹も立ったが、分譲一室の部分改修では割が合わないのかもしれない。

 次にネット上で家の修繕について調べたところ、郵便番号(すなわちおおまかな住所)と不具合状態を入力すると、修繕業者がこちらに名乗り出てくれるというサイトに出会った。ある種のマッチングサイトだ。修繕を引き受けますと、3、4つの業者が連絡をくれた。中にはDMめいた返答をまいている所もあったが、わりとちゃんとした修繕案まで提示してくれた所もあった。それなら信用できるかもと思って、見積りをとる日にちまでやりとりした。ところが、こちらの住所を聞かれたところで、はたと困った。ネットで調べる限り、その業者さん自身が身元を明かしていないのだ。サイト運営にその旨訊ねたところ、返答はくれたものの、「ちゃんとした業者さんとして登録されていますのでご安心ください」という不安な答えだけだった。住所を秘匿した業者さんだと、なんだか心配だし、修繕に不具合があったときに直してもらう請求もできない。会社から独立したばかりの良心的な職人さんかもしれないが、謎の盗賊団だったらどうしよう。決死のリスクを冒す局面でもないので、ネットで業者さんを探す案はいったんあきらめた。

 次に工務店をグーグルマップで調べた。すると、あることあること。普段自分が利用しないから気付かなかったのかもしれない。半径一キロの範囲でも数え切れないくらいの工務店がヒットした。なんなら住まいの隣だって工務店だ。たまたま僕が探す機会に出会わなかっただけで、世の中建物を切ったり貼ったり作ったりする生業の方はたくさんいるのだ。しかし、こうも多くては、今度はどうやって選べばいいのか分からない。グーグルマップから適当にいくつか目星をつけて順番に歩いて見て回ることにした。

 ところが、工務店というのは、およそ一見が入るようにはできていない。看板があれば良い方で、屋内が店舗や事務所かどうかもいったいよく分からない。シンとした門戸の外から、「うちの床のブカブカを直して下さい」とお願いできたものかウロウロするばかりで、なんだか自分が不審者に思えてくる。たまにフレンドリーな看板を掲げた店があっても、ドアベルを押すと、出てきた奥様から人を怪しむ目で見られたあげく、「うちは紹介でしか扱ってません」と追い払われる。まるで飛び込みのエリア営業だ。これは燃費が悪すぎる。これでは、見積りを作って修繕までやってくれる業者さんに出会うまでに、部屋より先に僕が朽ちてしまう。多くの良き市民はもっと適切なやり方をたどっているはずだ。

 そこで、結局はダメ元で役所に訊ねてみた。窓口に辞を低くして修繕業者の紹介をねだったのである。役所は、医療施設などは懇切に教えてくれることがあるが、工務店の紹介というのはかなり嫌がられた。やはり公共事業の発注もあるから、無用の癒着を避けたがるのかと思う。しかし、こちらもちょっと他に頼るすべもないので、どうかお願いしたいと述べたところ、窓口もあわれんでくれたのか、僕の住まいの近隣の工務店の名前をひとつ教えてくれた。

 ここからは、至って平坦な道のりとなった。僕は、紹介してもらった工務店の窓口の方に「床がブカブカなので、修繕の見積りを作ってもらえますか?」と相談した。その方が日程を合わせて家まで来てくれて、見積りをつくってくれた。決して個人が払うのに安い金額ではなかったが、職人2人で工期2日として、建材の調達も考えれば、それくらいかかるのではないかと思われた。見積りを受諾すると、職人さんを連れてきて、綺麗に修繕してくれた。玄関と寝室の、ブカブカの箇所は綺麗に切り取られ、角材によって十分に補強され、ぴったりの板材が敷かれ、しかるべき堅牢さを取り戻した。

 その過程で分かったのだけど、僕の保有物件はいささか建て付けが悪いらしく、修理についてトラブルが起こりやすいようだ。思えば、最初に管理会社系列の社員が見積りをとる振りをして速攻で断ってきたのも、何かの嫌な思いをしたことがあったのかもしれなかった。とはいえ、それは何とも想像にすぎない。とあれ、かくて玄関と寝室のブカブカは修繕されたのである。職人さんが材木や板を扱う見事な腕前を拝見することもできた。これはありがたいもので、僕は傍らで正座して飽かず見ていた。

 地場に地縁血縁をもたないことが、大変なことだと思い知る機会は多いのだけれど、僕の今回の工務店探しというのも、ほんのちょっとした知識や伝手があれば、すぐに解決の算段がついたものだろう。とはいえ、そうした縁故のない場合でも、ともかく何らかの人々のおかげで何とか解決して生活できていると実感させられる事案だった。

 

執筆:東大卒大家

作成日:2022/06/25
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Allears オールイヤーズ事務局で作成した記事です。